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福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)538号 判決 1971年3月30日

原告 大津雅弘

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 川崎力三

同 桜木富義

同復代理人弁護士 敷地隆光

被告 鹿児島トヨタ自動車株式会社

右代表者代表取締役 諏訪秀二

右訴訟代理人弁護士 竹中一太郎

主文

福岡地方裁判所昭和四三年(ケ)第一九四号、第一九五号(同第二八六号記録添付)不動産競売併合事件につき、同裁判所が作成した配当表中仮差押債権者たる被告に対する配当額五三万六、六八七円を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの連帯負担、その一を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、福岡地方裁判所昭和四三年(ケ)第一九四号、同第一九五号(同第二八六号記録添付)不動産競売事件につき、同裁判所が作成した配当表のうち被告に対する配当部分を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

本案前の抗弁として、

一、原告らの訴を却下する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。との判決、

本案につき

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。との判決

第二、当事者の主張

(原告の請求原因)

一、福岡地方裁判所は同庁昭和四三年(ケ)第一九四号、同第一九五号(同第二八六号記録添付)不動産競売併合事件につき、競売売得金中金八六四万三、五九三円を被告に配当する旨の配当表を作成したので、原告らは配当期日に被告の債権に異議を申立てたが、被告は原告らの異議を正当と認めなかった。

二、右配当表によると、被告が別紙物件目録(一)記載の不動産に対して有する抵当権に対し、八一〇万六、九〇六円を、同目録(二)の不動産につき仮差押をなした被告に対し、五三万六、六八七円をそれぞれ配当する旨記載されている。しかしながら、原告らは訴外安河内克己の被告に対する自動車売買代金債務を担保するため原告ら各所有の右目録(一)記載の不動産につき極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定したことも、右債務につき極度額三、〇〇〇万円の連帯保証をなしたこともないから、右根抵当権の被担保債権が金二、五二九万八、一三六円とする被告の配当要求に対し、前記のような配当をなすこと及びその内金八〇万円を被担保債権として右目録(二)記載の不動産につきなした被告の仮差押に対し、前記のような配当をなすことはいずれも不当であるから右配当表の記載部分は取消さるべきである。

三、すなわち、原告シズエは同原告所有の右目録(一)記載の不動産を処分するなどして六〇〇万円の金策をしようと知人に依頼していたところ、昭和四三年五月頃、訴外草野辰男を紹介され、同人から原告シズエ所有の不動産を同人の取引先である株式会社大洋漁業へ担保として差し入れて貰えば、大洋漁業より出荷を受けた商品を売却し六〇〇万円の調達が可能である旨申し向けられたので、その言を信じて抵当権設定登記に要する書類を交付した。

ところが、右草野辰男において、同人の申すとおりの金策が出来ずにいたところ、同年六月初め頃、その後右草野とその知人と称する安河内克己の両名が原告方を訪ね、原告大津雅弘の所有物件をも担保に追加したら直ちに六〇〇万円の融資が可能である旨申し向けたので、再度原告ら所有の別紙物件目録(一)記載の不動産につき抵当権設定に関する一件書類を交付した。

しかるに、何時迄経っても右草野や安河内が六〇〇万円を調達しないので、原告シズエにおいて、右安河内と交渉を続けていたところ、昭和四三年一〇月一五日頃、被告より鹿児島に呼び寄せられ、右安河内の被告に対する自動車売買代金債務のため前記目録(一)記載の不動産につき元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権の設定と、極度額三、〇〇〇万円の連帯根保証契約がなされていることを知った次第である。

以上の如く、原告両名は被告との間に前記根抵当権設定契約及び連帯根保証契約をなした事実はなく、右契約を締結した内容の契約証書は何者かによって偽造されているものである。

四、更に、被告は原告らの連帯保証にかかり、かつ別紙目録(一)記載の不動産により担保される被告の債権が二、五二九万八、一三六円である旨主張して配当要求の申出をしているが、そのような債権が存するか極めて疑問であり、取引の諸事情により判断すると、そのような債権は全く発生していない。

すなわち、被告は前記安河内に対し昭和四三年六月二四日から同月二七日迄の短期間に三回に分け五八輛の自動車を販売したというものの、頭金を支払う約束であったにかかわらず、第二回の取引の際一九〇万円の頭金しか取っていないとの事であり、又代金の支払がない場合自動車販売業者として当然売買契約を解除し、自動車の保全措置を講ずべきであるのにその方法も講じていない。結局被告主張の如き債権は存在しないという外ない。

五、よって、福岡地方裁判所が前記競売事件につき作成した配当表のうち被告に対する配当部分の取消を求める。

(被告の本案前の抗弁)

一、任意競売事件において、配当表が作成された場合、異議のある抵当権者が配当表に対する異議の訴訟を提起し得るのはともかく、債務者や担保提供者たる不動産所有者は配当表に対する異議訴訟を提起し得るものではない。けだし、債務者や所有者は配当表に対する異議の訴訟によらずとも、より直接で根本的な債務ならびに抵当権不存在確認訴訟で争う方法があり、しかも配当異議訴訟により配当表が取消されても抵当権の不存在が確認されたことにならず問題解決のためには迂遠な方法であるから配当表の取消を求める原告らの本訴請求は訴の利益を欠くというべきである。

又原告らに配当異議訴訟の原告適格を認めることとなれば被告らが配当額を受領するのが著しく遅延し非常な損害を蒙るのに右損害を担保するために、何等かの方法が講じられている訳ではないから、抵当権不存在確認訴訟を本案とする抵当権実行禁止の仮処分の場合において、相当額の保証が供される場合に比較し均衡を失するものであり、原告らに配当異議訴訟の原告適格を認めることは不適法である。

二、原告らは本訴請求の趣旨において、裁判所が作成した配当表のうち被告に対する配当部分の取消という作為を求めているが、配当表は被告が作成するものではなく裁判所が作成するものであるから被告に取消を求めても実益がない。この点においても原告の本訴請求は不適法で訴の却下を免れないものである。

(請求原因に対する被告の答弁)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項ないし第四項の事実は否認する。

(被告の主張)

一、原告らは、被告が訴外安河内克己との間に昭和四三年六月三日継続的自動車販売契約をなすに当り、右契約に基づく取引によって生じた訴外安河内の現在及び将来負担する債務担保のため、その所有する別紙物件目録(一)記載の不動産につき元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、極度額三、〇〇〇万円の連帯保証をなしたものである。

二、かりに、原告らにおいて、連帯保証及び根抵当権設定契約締結の事実がないとしても、原告らは訴外安河内及び草野辰男のため、訴外大洋漁業に対し前記不動産を担保に供し、金六〇〇万円の融資を得る一切の代理権限を授与していたものであるところ、被告は右安河内及び草野が原告らを代理して前記の連帯保証並びに根抵当権設定契約をなすにつき正当権限ありと信じかつ信ずるにつき正当な事由があった。

三、しかして、被告は訴外安河内に対し、前記自動車販売契約に基き、

(1) 被告は訴外安河内に対し、昭和四三年六月二四日、自動車二四台を代金一、二〇〇万四、七七六円、支払方法頭金一九〇万円を契約成立と同時に支払い、残額は昭和四三年七月金五〇万九、九七六円、同年八月より昭和四五年二月まで毎月金五〇万五、二〇〇円宛支払う約束で販売したが訴外安河内は頭金一九〇万円を支払ったのみで残余金一、〇一〇万四、七七六円の支払をなさない。尤も右自動車の販売は被告が有限会社第一車輛販売に対する昭和四三年五月一五日と同月二〇日の二回に亘る自動車二四輛の販売であったが、昭和四三年六月二四日、右会社の代表取締役たる安河内の申出により同人に対する販売形式に切替え、同人の個人債務としたものである。

(2) 次に被告は訴外安河内に対し昭和四三年六月二〇日、自動車一七台を代金八四二万五、一二〇円で支払方法は頭金一五六万円を契約成立と同時に支払い残額は昭和四三年八月金三四万四、三二〇円、同年九月より昭和四五年三月まで毎月金三四万三、二〇〇円宛支払う約束で売渡したが全然支払をなさない。

(3) 又同年六月二七日同訴外人に対し、自動車一七台を代金六七六万八、二四〇円、支払方法は頭金一二五万六、〇〇〇円を契約成立と同時払、残額は昭和四三年九月金二七万五、八四〇円同年一〇月より昭和四五年四月まで毎月二七万五、六〇〇円宛支払う約束で売渡したが全然支払をしない。

四、以上のとおり、被告は別紙目録(一)記載の不動産につき設定された抵当権により担保される債権二、五二九万八、一三六円を有するが、右債権の内金八〇万円を以て連帯債務者でもある原告ら所有の別紙目録(二)記載の不動産につき仮差押をなしたものである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  先づ被告は本案前の抗弁として、競売法による不動産競売手続においては、債務者及び所有者は配当表に対し異議を述べ配当異議訴訟の原告となる適格はない旨主張する。

当庁昭和四三年(ケ)第一九四号、同第一九五号不動産競売事件(同第二八六号記録添付)の配当期日に、被告に対し合計金八六四万三、五九三円を配当する旨の配当表が作成されたこと、これに対し競売物件の所有者で、かつ連帯保証債務者たる原告らが右配当表中被告に対する配当部分に異議を述べ、本訴を提起するに至ったことは当事者間に争いがない。

ところで、競売事件の債務者及び所有者が競売手続の利害関係人たることは競売法第二七条の明記するところであるばかりでなく、競落代金がその受取るべき者に交付されることに重大な利害を有するのであるから、競売法による不動産競売手続においても、強制執行手続における配当期日に相当する支払期日が開かれ、配当表に相当する支払表が作成された場合には、民事訴訟法第六九八条の準用により、期日に出頭した債務者及び所有者は各抵当権者の主張する債権額に対し異議を申し立て、期日に異議が完結しない場合配当表に対する異議の訴を提起し得るものと解するのが相当である。(札幌高等裁判所昭和三八年七月一二日判決、高等裁判所判例集一六巻六号、四四〇頁参照)

被告は原告らは他に債務並びに抵当権不存在確認訴訟なりの抜本的解決手段があるから、迂遠な方法である配当異議訴訟の原告適格を認める余地はないとも主張する。しかし、本件の場合もそうであるが、先順位ないし後順位の他の抵当権者が競売申立をなしている場合にあっては、最早や被告のみを相手に債務並びに抵当権不存在確認訴訟を本案とする抵当権実行禁止の仮処分を以てしても、競売手続の進行を阻止しうるものでないから、競落代金が本来受取るべき者に支払わるべく原告らに配当異議訴訟の原告適格を認めるこそむしろ適切というべきである。

被告は又、原告の配当異議訴訟の提起により、配当を受けるのが著しく遅延し非常な損害を蒙るのに配当異議訴訟においては右損害担保のため原告に保証を提供させるなど何等の方法も講じられていない。これは前記抵当権実行禁止の仮処分において、相当額の保証が供されているのに対比し、均衡を欠くものであり、かかる不均衡の点からも原告らに配当異議訴訟の原告適格を認めることは相当でないと主張する。しかし、抵当権実行禁止の仮処分において、相当額の保証を立てしめる場合と配当異議訴訟の場合とでは訴訟構造を異にするから保証の点の不均衡を言うのは当らないばかりか、確定した債務名義を有しない配当要求債権者の配当額受領権限の有無につき紛争がある以上、それが確定をみるまで配当額の交付を受け得ないのは何等異とするに足らず、受領遅延が生ずることは後順位抵当権者が異議を述べた場合と選ぶところはないから、被告の右主張も原告らの原告適格を否定すべき理由となし難いこと明らかである。

二  次に被告は裁判所の作成する配当表につき被告に対し配当部分の取消という作為を求めるのは被告に対し不能なことを求める不適法な訴である旨主張する。

しかし原告ら申立の請求の趣旨は配当異議訴訟において一般に慣用される請求の趣旨に叶ったもので、本訴請求の趣旨が被告に対し配当表の取消という作為を求めるものと限定的に解さねばならぬものではないこと、その請求原因事実記載に徴し明らかであるから被告の右主張も亦失当である。

三  そこで原告の本訴請求について判断する。

≪証拠省略≫によると抵当権者として二、五二九万八、一三六円の配当要求を申出た被告に対し別紙目録(一)記載の不動産の売却代金から八一〇万六、九〇六円を配当する旨の、別紙目録(二)記載の不動産につき保全債権額八〇万円の仮差押をなしている被告に対し、同目録(二)記載の不動産の売却代金から金五三万六、六八七円を配当する旨の、各記載ある配当表が作成されたことが認められるところ、要するに被告は右配当要求債権は被告は原告ら所有の同目録(一)記載の不動産につき元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権設定と同極度額の連帯根保証を得て、訴外安河内克己に対し売渡した自動車販売代金債権であるというのであり、又右仮差押債権は右自動車販売代金債権の内金八〇万円を以て連帯保証人たる原告らに対し、その所有の別紙目録(二)記載の不動産その他を仮差押えたものである旨主張するのに対し、原告らは右根抵当権設定の事実及び連帯根保証の事実を全く否認し、原告の実印の押捺ある根抵当権設定及び連帯保証を条項とする契約書は何人かの偽造のものであるばかりでなく、被告が右訴外人に対し自動車を販売した事実も虚偽架空の疑いがあり右自動車販売代金債権も存在しない旨主張するのである。

よって判断するに原告らの氏名下の印影が原告らの印顆により押捺されたことにつき≪証拠省略≫を綜合すると、原告大津シズエは自己及びその子原告大津雅弘所有の別紙物件目録(一)記載の不動産を担保に他より借用していた金員の返還を迫られていたが、昭和四三年五月頃、原告シズエ所有の右不動産を売却するなり、更に担保を供するなりして金六〇〇万円程度を都合しようと考え、かねて相談相手としていた浜崎仁平に金融斡旋方を依頼していたところ、右浜崎から訴外草野辰男を紹介され、原告シズエと右草野辰男との間に原告シズエがその所有不動産を草野辰男のためその取引先となるべき株式会社大洋漁業に対し担保として差入れるが、草野辰男において右会社との商品取引により挙げた利益から原告シズエに金六〇〇万円を融資する内容の話合がまとまり、原告シズエは右草野辰男に対しその所有の別紙目録(一)記載の不動産につき抵当権設定契約並びにその登記に必要な一切の書類を交付した。(此の書類により原告シズエ所有の前記不動産に、昭和四三年六月三日福岡法務局箱崎出張所受付第七四六二号を以て、債権者木庭永三等四名、債務者草野辰男、債権額六〇〇万円とする抵当権設定登記がなされ、同年六月一四日受付第八二四六号を以て抹消登記がなされている。)

しかし、草野辰男において、原告シズエに対し早急に六〇〇万円の融資をするだけの利益を上げることは困難であるということで、有限会社第一車輛販売の代表取締役安河内克己を原告シズエに紹介することとなり、右草野は安河内と共に原告ら方を尋ね、右有限会社のためその取引先に対し二、三〇〇〇万円の担保を差入れることができれば、七、〇〇〇万円から一億近くの自動車の取引が可能であり、その取引によって挙げる利益から原告に六〇〇万円を融資するのは容易である旨申向け、原告シズエをして真実その旨信じ込ませ、原告シズエの所有不動産のみならず、原告大津雅弘の所有不動産をも前記有限会社ないし安河内個人の取引先に対する取引上の債務担保として提供する旨の約束を得た。

一方被告会社は、昭和四三年五月一五日右安河内及び佐藤憲生の連帯保証のもとに前記有限会社に対し自動車一二台を売渡し、月賦販売価格六四四万五、九〇〇円のうち頭金九〇万円を受領し、残額は同年七月二五日から二〇回に分けて割賦弁済を受けることとし、割賦金を額面とする約束手形二〇通の振出交付を受け、更に昭和四三年五月二〇日安河内を連帯保証人として右有限会社に自動車一二台を売渡し、月賦販売価格五四四万八、七九六円のうち頭金一〇〇万円を受領し、残額は同年七月一〇日より一五回に分けて割賦弁済を受けることとし割賦金を額面とする約束手形一五通の振出交付を受けていたものであるが、右安河内から同年五月末、原告ら所有の不動産を担保に更に中古車輛の出荷方の申込を受けてこれを諒承し、被告会社の藤井清一郎において、あらかじめ、原告らが別紙目録(一)記載の不動産につき、債務者有限会社第一車輛販売が現在負っている債務及び将来被告会社との自動車取引によって生ずる債務の担保として元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定することを承諾し、併せて右債務につき極度額三、〇〇〇万円の連帯保証をなすことを内容とする継続的自動車売買等取引契約及び根抵当権設定契約書を作成して原告らの氏名をも記入し、原告らの捺印のみを受けるべく手筈を調えたが、其の後、安河内から原告ら所有の不動産を担保として差し入れるに当り、以後の取引当事者を右有限会社から安河内個人に移すと共に、同会社の被告に対する前記既存債務一切を安河内個人の債務に切替え、かつ同会社の取締役佐藤憲生の連帯保証債務の免除方の要請を受けたのでこれを容れ、右契約書の債務者有限会社第一車輛販売を安河内克己と訂正の上、被告会社の新原取締役と前記藤井清一郎が原告方に赴くこととなり同年六月二日頃福岡市内の旅館「金房」に宿を求め、翌三日原告らの捺印とその他公正証書作成及び登記手続に必要な書類の交付を受けるべく準備をととのえたものの、同日、同旅館を訪ねた安河内及び草野から原告らとの面接する必要はない旨答えられたので前記契約書及び公正証書作成嘱託の代理権限を委任する内容の委任状を安河内に手渡し、あらかじめ記入されている原告らの名下に原告らから捺印を受けることを依頼し、同日しばらくして安河内から所定の箇所に原告らの実印の押捺のある前記契約書及び委任状のほか原告シズエの印鑑証明書一通の交付を受け、その後安河内から同年六月四日付原告シズエの印鑑証明書一通、同月四日付及び同月五日付原告雅弘の印鑑証明書二通の交付を受け、同年六月一四日原告ら所有の前記不動産につき極度額三、〇〇〇万円の根抵当権設定登記を経由した。

ところが、原告シズエは、安河内克己及び草野辰男が被告らから手渡された前記契約書及び委任状を携行して原告方を訪ねるというので、浜崎仁平に電話し立会って貰ったものの、原告らは二日位すれば六〇〇万円の一部として二〇〇万円程度の融資が可能である旨の安河内の言を信じ、同人の欺罔的言動にのせられ右契約書中に極度額三、〇〇〇万円の連帯保証をなす旨の条項が記載されているとは知らず、右契約書を一見することもないまま自己の実印と同所に居合せた原告雅弘の実印とを安河内に手渡し、右契約書及び附属書類についての押捺を任せ、その数日後、原告雅弘をして前記三通の印鑑証明書を安河内に届けさせたが、その時点においても右契約書の記載内容に原告らが全く承認していない連帯保証の事実を知るには至っていなかったことが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで代理人が主債務者となるような取引で本人が代理人を信じ切っているのを奇貨として本人が代理人に依頼した趣旨と異る条項を契約書に附加し契約書を一見もしない本人の面前で本人の押印を代行した場合にあっては、右押印の代行が本人の意思に基づく一事のみを以て、同一契約書記載の全体につき不可分一体的に表示行為の成否を考えねばならぬものではなく、本人が依頼した契約内容と全く別個の条項が本人の意に反して附加され本来の契約とは著しく法律効果を異にするに至ったときは附加条項が本人の意図した契約内容その他諸般の事情からして本人が容認したものとみれないときは、本人の意思と契約書に表示された表示行為との不一致というに止まらず、右附加された条項については本人の表示行為そのものが存在せず、本人の意思表示が成立していないものとみるべきであると解される。

しかして前記契約書は原、被告間においては訴外安河内の被告に対する現在並びに将来における取引上の債務につき別紙目録(一)記載の不動産につき極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定することを内容とする契約条項の部分と、極度額三、〇〇〇万円の連帯根保証をなすことを内容とする契約条項の部分とからなり、右根抵当権設定契約と根保証契約とは同一債務を同一の限度で担保するという点ではその目的を同じくするものではあるけれども、≪証拠省略≫によれば、別紙目録(一)の不動産の競落代金は一、〇〇〇万円に満たないのであるから右連帯根保証契約は根抵当権設定契約の単なる附随的契約ではなく原告らにとっては極めて重大な内容の契約で別個に意思表示の成否を判断するのも不自然ではないと考えられるところ、前記認定によれば、右極度額三、〇〇〇万円の連帯根保証の部分は原告らが訴外安河内らに依頼した趣旨に反して附加された条項で、原告らが押印を代行させたということだけをもって、右連帯根保証の契約部分をも原告らの表示行為として是認したとみるべきものではないから、右契約書の連帯保証の部分は原告らの意思表示と認めるに由なく、原告らが融資を得るため本来意図していた根抵当権設定契約の部分に関する限度で意思表示の成立があったというべきである。

以上要するに原告らが訴外安河内の被告に対する自動車取引上の債務担保のため、別紙目録(一)記載の不動産につき元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨の契約はその成立を認めうるも、右債務を極度額三、〇〇〇万円の限度で連帯して保証する旨の契約は成立していないといわなければならない。

四  ところで被告は訴外安河内が前記契約書記載条項の契約を締結するにつき代理権限ありと信じかつ信ずるにつき正当の事由があった旨主張する。

訴外安河内に根抵当権設定契約の締結権限があったこと前叙認定のとおりであるが、右契約書を以てなされた意思表示は右安河内が代理人として意思表示をなしたものとみるべきものではなく、原告らが契約書を以てなした意思表示を右訴外人が意思伝達機関として右契約書を被告に手渡すことによって伝達したものとみるべき筋合であるから、直接表見代理人の規定が適用される場合とみることはできないが、被告と安河内との間においては、一定の代理権限の認められる訴外安河内が、原告らの意思表示の伝達機関として故意に原告らの意思表示を超えた表示行為をなした場合とみうるのであるから、表見代理に関する規定を類推適用するのを相当と解するので、訴外安河内が原告に代わって、右極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨の意思表示の記載ある契約書を伝達するだけではなく、原告らが極度額三、〇〇〇万円の根保証をなす旨の意思表示をも記載した右契約書を原告らの意思表示として伝達する権限ありと信ずるにつき被告に正当の事由があったか否かにつき更に判断する。

前記認定の事実によると、右契約の主債務者は右契約書の伝達者たる訴外安河内で契約書面上原告と契約書の伝達者たるものの利害関係が歴然としており、契約上利害関係が現われない第三者が伝達者たる場合とは自ら異なり、主債務者が取引上担保の必要に迫られ担保提供者に対し詐欺的言動や印鑑盗用行為をなす場合も考えられるのに、被告会社代理人は原告方近く迄出向きながら、右安河内らから原告らと面接する必要はない旨面接の希望を態よく拒否されたのであるから、なおさら不信を抱くべきであったにかかわらず、右安河内らに右契約書及び委任状を手渡して原告らの押印を受けさせるのを委せ切りにしたばかりか、原告らが何故に安河内の被告に対する現在高一、〇一〇万余円の現存債務を含め極度額三、〇〇〇万円の高額の連帯根保証をなすかにつき首肯すべき主張立証するところがないし又右契約書中大津弘子が当初連帯債務者の一人で別紙物件目録(一)記載の不動産の外他に四筆の不動産をも担保物件となっていたのに何故に大津弘子の連帯保証部分及び右担保物件が右契約書面上抹消されるに至ったか疑点の存するところである以上、あらかじめ被告会社において原告らの氏名をも記入した前記契約書及び委任状に原告らの実印が押捺されかつ原告シズエのみの印鑑証明書一通を安河内が持ち帰ったからといって、それだけでは、同人に原告らが極度額三、〇〇〇万円の連帯根保証をなす旨の意思表示を伝達する権限ありと信ずるにつき正当の事由があったということは出来ない。被告の表見代理人の主張は採用できない。

五  そこで有効に成立した右根抵当権により担保された被告の安河内に対する自動車販売代金債権につき判断する。

≪証拠省略≫によると、被告は右契約に基き安河内克己に対し

(1)  昭和四三年六月二〇日中古自動車一七輛を月賦販売代金八四二万五、一二〇円で売渡し同月二二日その引渡を完了し

(2)  昭和四三年六月二七日中古自動車一七輛を月賦販売代金六七六万八、二四〇円で売渡し同年七月五日迄にその引渡を完了し

右月賦販売代金及び頭金の支払担保のためにその一部につき右安河内克己より月賦金額及び頭金に相応する額面の約束手形及び小切手の振出を受けたが、右約束手形及び小切手はいずれも不渡となり右訴外人は右合計金一、五一九万三、三六〇円を未払であるほか、同人において、有限会社第一車輛販売の被告に対する自動車販売代金一、〇一〇万四、七七六円の債務引受をなしていること前記認定のとおりであるから前記根抵当権によって担保される被告会社の債権は右合計金額二、五二九万八、一三六円に達するといわねばならない。

原告は被告の訴外安河内に対する車輛の販売につき、被告が頭金をも領収していない事実、手形不渡後においても売却車輛に対する引渡請求権保全の仮処分をもなしていない事実を以て、虚偽架空の売買であると主張する。なるほど前掲証拠によると被告が契約成立と同時に支払を受くべき約定の頭金さえ現金で受領することなく支払担保のための約束手形の振出交付を受けたに過ぎず、又安河内が手形不渡を出した後も被告が原告主張のような仮処分をした事実を認めるに足る証拠もないが、被告が担保を徴しているような前記事情のもとにおいては、それだけの事由で右月賦販売が虚偽架空のものだと認定することはできない。他に前記認定事実を覆すに足る証拠はない。

六  そうだとすると原告ら所有の別紙目録(一)(二)記載の不動産を競売目的物件とする当庁昭和四三年(ケ)第一九四号、第一九五号(第二八六号記録添付)不動産競売事件の配当手続において、被告は抵当権者として二、五二九万八、一三六円の配当要求をなす権利があり、これに対し配当裁判所が別紙目録(一)記載の不動産の競落代金中からこれに先だつ費用及び先順位抵当権者の債権額を控除した八一〇万六、九〇六円を被告に配当する旨の配当表を作成したのは正当であり、原告らのこれに対する異議は失当たるを免れないが、前記のとおり極度額を三、〇〇〇万円とする連帯根保証契約は不成立のものであり原告らが担保に供した物件以外の一般財産を以て、連帯債務者としての責任を負うべき筋合ではないから、原告らに連帯保証人としての責任があることを前提にして、前記自動車販売代金債務の内金八〇万円を以て、別紙目録(二)記載の不動産につきなした仮差押は本来被保全権利を欠く無効のものというべく、これに対し同目録(二)記載の不動産の競落代金から被告に対し五三万六、六八七円を配当する旨の配当は不当で原告らのこれに対する異議は正当である。

よって、原告らの本訴請求は福岡地方裁判所昭和四三年(ケ)第一九四号、第一九五号(第二八六号記録添付)不動産競売併合事件につき、同裁判所が作成した配当表中、仮差押債権者たる被告に対する配当額五三万六、六八七円の取消を求める限度で正当であるのでこれを認容し、その余は失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 松島茂敏)

<以下省略>

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